感情が心から溢れ出して、言葉にすることが出来ないくらいに泣いた。泣き尽くした。この感動のせいで何を書いていいかわからないくらいに何度も見返して、また泣いての繰り返し。
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ここぞとばかりに感動ポイントを凝縮して、涙のインフレを起こしているけれど、それでも、今までの積み重ねがあるからこそ、心が動く。悲しいほどに、嬉しいほどに、そんな心の高ぶりを抑えられずに涙が溢れる。過ごしてきた時間と思いが、お互いの気持ちとして伝わり合う。共鳴し合う。
綿谷新の一人の物語から、三人への物語へと変化する。それは前回千早の興味と純粋さをもって、一人から二人になった。そして、太一のわだかまりもなくなり、三人のかるたになった。友達だけど、共通の趣味を見つけた仲間としての親友に変化したんだと思う。
それは、太一の変化でもあると思う。それは千早が関心を持つ新に対するライバル心と嫉妬によるものではなく、千早が新の情熱をもらって、輝き始めていることに対しての興味。千早とはずっと友達でいたいという気持ちは変わらないものだと思う。好きな女の子をいじめたりすることはよくある話だけれど、その一言だけで片付けてしまうのは勿体無い。
太一を取り巻く環境。彼に求められているもの。彼自身が求めているもの。それはかるた以外にもあるし、千早以外の人間関係もある。彼は彼で誰にとっても自分にとっても、パーフェクトでいたい。だから、太一の意志は揺るがないものとなっている。周りが求めるものになる。ただ、それだけ。それだけだけど、その努力が半端ない。勉強とスポーツの両立に加え、かるたが入った。それは千早との絆の証でもある。
でも、その優先順位は変わらない。かるたを通しての仲間意識はあるけれど、かるたは趣味で終わらせるもので、勉強をして自分がなりたいものを探す。まだ、新みたいに、千早みたいに、決まっていない。それは早急に決めるものでもないし、決めてしまってからの方向転換はしにくい。だから決断は先延ばし。でも、色々な選択ができるように可能性だけは広げる。だから、かるたの道を強要することは千早には出来ない。
「かるたはスポーツ」と彼女自身が言っている通り、太一にとってはサッカーと同じでスポーツをしている気分なんだろう。そこに千早が入って、その魅力には気付いてはいる。だけど、それを極めるまでには至っていない。何もない千早とかるたしかない新。
それに対し、かるたも出来て、他にも色々出来る太一。そうしたら、浮気したいじゃない。千早がかるたで賞をとったことを千早の姉に笑われたように、かるたに対する世間の評価は冷たい。だから、その評価を覆す道を歩んでいる千早の意気に押されて、かるた会に入ったはいいけれど、特訓と軽く言ってはいたけれど、義務教育にある小学生の立場では母親の目というのはかなり厳しい。
かるたなんて無駄な時間を作っているから、名門中学に落ちたということを責められたくない。だから、必死に彼自身は勉強しながら、かるたという周りから見た趣味も努力する。その趣味に対して、誰かから何も言われたくないから。千早のことを悪く言われたくないから。かるたは勉強に役立ったと言えるくらいに、成果は出したい。一応の太一なりの頑張り。
だから、開成中学(級)に合格しても、それを蹴って、かるたを第一にして欲しかった千早との意識のズレ。これはどっちが正しいとも言えない。もし、それで、かるたに集中して、今までの勉強に対する努力を無駄にして、ランクを落とした学校に進んで、それが将来仇となって帰ってきたら、きっと、太一の中で千早を責めてしまう。
そして、周りも千早を責めるかも知れない。だからこそ、太一はかるたを捨てざるを得なかった。だけど、千早との友達関係はずっと一緒でいたい。その気持ちだけは千早も一緒だから。
そして、新の新たな気持ち。一人でやっていたスポーツがチーム戦になる。まあ、それが独壇場になってしまうわけだけど、それは彼自身のかるたへのこだわりの証であって、誰に対しても手を抜かない。
彼がかるたというスポーツで一番でなければ嫌だという気持ちが全面に出てしまったがゆえに、いつの間にか、仲間も敵になってしまった。敵にしたくはなかったけれど、結果的に敵に見えてしまう彼自身のコミュニケーションの不器用さが表れていて面白かった。
でも、こんな姿勢に対して、千早も太一もとがめたりしない。負けじと対抗する姿勢を見せて、特訓に励む。その特訓風景の楽しさと厳しさを見て、段々と心が通うようになってくる。千早が新に対しては距離感を置くように出来るだけ名前で呼ばないようにさせていた。それは太一のいじめの標的になってしまうからでもなくて、新自身が感じていた劣等感からの千早への距離は置いていた。
だけど、これだけ親しくしてくれたのだから、名前で呼び合う仲間でいたい。ずっと、一緒の友達でいたい。本当のチームでいたい。その気持ちがようやく冬の日になってわかった新の遅い進歩が見られて嬉しかったです。
で、残った千早ですが、この原田先生の言葉が胸に突き刺さる。良い意味でも悪い意味でも、この言葉がかなり辛い。新から「ちはや」にしか見えないと言われた札は、新を思い出す札。
そして、「ふくからに」で取ったチームとしての一枚は、太一を含めた初大戦での札だから、太一を思い出す札。
こんな感じで、百人一首の札と同じように友達が出来ていく。このまま、かるたを続けていれば、どんどん愛着がわいて、そのうち友達が百人出来るかもしれない。そんな希望ある未来しか見えなかった。
だからこそ、手に入れた札はずっと色あせることなく、そのまま記憶の中にあり続ける。それは現実も未来も思い出の札も全部一緒だと思っている無邪気な千早だからこそ、この「ずっと」という言葉が心にしみる。
この時に新と太一の二人で千早を起こした時には、きっと二人は気づいていたのかも知れない。もしかしたら、その「ずっと」は無理かもしれないことを。だから、そんな希望だけ見えている千早とは対照的に、現実を見ている二人が近いようで遠い存在に感じてしまったのだろう。
で、そこから絶望に変わる。友達がいるから、かるたが出来る。引っ越してきて、一人でもかるたを続けてきた新をある意味否定している。でも、そんな新も今回でチームでやる楽しさを感じてしまったから、もしかしたら、一人になった時に、千早と同じように一人のかるたは続けたくないと思ってしまうかも。
「チームちはやふる」というTシャツまで作って、一緒にやる楽しさを実感していると新が伝えたくて、そのTシャツが結束力の証でもあって、太一としても、このチームは忘れることないと思っている。それが千早に伝わった時の感動はすごい。
だから、こんな言葉を千早は言うことが出来た。新と太一のことをわかっている千早なりの優しさなんだと思う。怒るほどに寂しい。
この怒りって、自分だけ置いてけぼりにされてしまうから寂しいと感じているからで、新も太一も、本当なら離れたくない。でも、周りからの圧力で離れざるを得ないから寂しいという気持ちはあるというのを、彼女は最初感じ取れなかった。
だけど、そのTシャツを見て、新と太一も、千早がいなくて寂しいと思っていると感じられた。そこら辺は千早の感受性豊かな性格が影響しているのだと思う。千早なら、言葉ではなくて、行動で示す。だから、新と太一も、千早っぽく行動で示した。
二人とも、千早を深く知っているから出来ること。だから、この問いに答えなんていらない。無言で最初で最後の三人のチーム戦に集中することが、その答えになっているから。
だからこそ、負けた時に悔しさが残る。新としてはどうにもならないこと。新だけでは勝てない。太一か千早のどちらかが相手に勝たなければいけない。それは新の実力だけではどうにもならないという一人での戦いでの敗北よりも、チームとしての三人の力を合わせての戦いだから、なおさら歯がゆくて悔しくて悲しい。
新としては、個人ではトロフィーを持っているけれど、千早は持っていない。まあ、太一もだけどね。だけど、千早の熱心さを考えると、チームで戦った思い出としての証を残したかった。
最初で最後の大会だから、自分たちが努力して特訓して頑張った軌跡として、小さい大会だけど、そこでトロフィーをあげたかった。男として、最後は格好いい終わり方をしたかった。
でも、千早としては優勝するよりも一回戦負けが嫌だった。まだ、このチームでもっと戦いたかった。一緒にいて戦っていたと思いたかった。三人とも、同じように一緒にいる時間を増やしたかったんですよね。
で、涙を見せる千早と太一。千早が泣いているのを見ると、どうしても悔しくて、自分の不甲斐なさに泣けてしまう太一も純真なんですよね。周りの目だけが気になるだけで、千早が悲しむ姿だけは見せたくない。
前回の新との勝負に負けたくないからと、メガネをとって勝負を有利にした卑怯な太一ですが、その卑怯さは新に詫びて、太一としては千早の悲しむ姿だけは見たくなかったんでしょうね。
そんな中、平然としているような新でしたが、きっと彼は泣いて終わるよりも笑顔で終わりたかったんでしょうね。悲しかった思い出としてではなく、楽しかった思い出として明るく終わろうって感じで涙をこらえていたんだと思います。
だけど、引越し前日に家を訪問されて、千早との一騎打ちを申し込まれて、即座に用意する新が可愛かったです。新自身も大会で負けたかるたよりも、負けないという意志を千早にも見せたかったし、最初に家に来てくれて、かるたをしてくれた思い出と同じく、いつも通り本気で挑んで、千早がどれだけ成長したかというのを感じて欲しかったのかも知れません。だから、太一も読み手になって、そこは譲った。
でも、「ちはや」という札だけは最後にとって終わりたかった。最初に「ちはや」にしか見えないといった彼としては、その「ちはや」を手に入れて、千早に対しての思いを行動で示したかったのだと思います。だけど、同時で負けてしまった。
でも、千早もその「ちはや」に対しての執着があったことが嬉しくて、あの言葉を忘れずにいてくれたことが嬉しくて、新としては、あの頃に千早が声かけてくれて、チーム戦で戦えて、楽しいかるたを出来たことを思い出してしまって、つい涙がこぼれてしまった。
「たぶん、もう会えん」。もしかしたら、この言葉に込められた意味は、かるたを続けていても会えないということか、それとも、千早がかるたをしなくなってしまうことか。または、新とのつながりが切れてしまうことを感じてしまったのか、憶測の域を出ませんが、彼の涙は非常に印象的でした。
そして、それに釣られて泣いてしまう千早。そうなると、太一も千早に釣られて泣いてしまう。その全員の涙が全ての気持ちを哀しさと一緒に吐き出して、ラストを迎えてくれて、最高な回でした。
ここぞとばかりに感動ポイントを凝縮して、涙のインフレを起こしているけれど、それでも、今までの積み重ねがあるからこそ、心が動く。悲しいほどに、嬉しいほどに、そんな心の高ぶりを抑えられずに涙が溢れる。過ごしてきた時間と思いが、お互いの気持ちとして伝わり合う。共鳴し合う。
三人の絆
綿谷新の一人の物語から、三人への物語へと変化する。それは前回千早の興味と純粋さをもって、一人から二人になった。そして、太一のわだかまりもなくなり、三人のかるたになった。友達だけど、共通の趣味を見つけた仲間としての親友に変化したんだと思う。
それは、太一の変化でもあると思う。それは千早が関心を持つ新に対するライバル心と嫉妬によるものではなく、千早が新の情熱をもらって、輝き始めていることに対しての興味。千早とはずっと友達でいたいという気持ちは変わらないものだと思う。好きな女の子をいじめたりすることはよくある話だけれど、その一言だけで片付けてしまうのは勿体無い。
太一を取り巻く環境と太一の意志
太一を取り巻く環境。彼に求められているもの。彼自身が求めているもの。それはかるた以外にもあるし、千早以外の人間関係もある。彼は彼で誰にとっても自分にとっても、パーフェクトでいたい。だから、太一の意志は揺るがないものとなっている。周りが求めるものになる。ただ、それだけ。それだけだけど、その努力が半端ない。勉強とスポーツの両立に加え、かるたが入った。それは千早との絆の証でもある。
でも、その優先順位は変わらない。かるたを通しての仲間意識はあるけれど、かるたは趣味で終わらせるもので、勉強をして自分がなりたいものを探す。まだ、新みたいに、千早みたいに、決まっていない。それは早急に決めるものでもないし、決めてしまってからの方向転換はしにくい。だから決断は先延ばし。でも、色々な選択ができるように可能性だけは広げる。だから、かるたの道を強要することは千早には出来ない。
「かるたはスポーツ」と彼女自身が言っている通り、太一にとってはサッカーと同じでスポーツをしている気分なんだろう。そこに千早が入って、その魅力には気付いてはいる。だけど、それを極めるまでには至っていない。何もない千早とかるたしかない新。
それに対し、かるたも出来て、他にも色々出来る太一。そうしたら、浮気したいじゃない。千早がかるたで賞をとったことを千早の姉に笑われたように、かるたに対する世間の評価は冷たい。だから、その評価を覆す道を歩んでいる千早の意気に押されて、かるた会に入ったはいいけれど、特訓と軽く言ってはいたけれど、義務教育にある小学生の立場では母親の目というのはかなり厳しい。
かるたなんて無駄な時間を作っているから、名門中学に落ちたということを責められたくない。だから、必死に彼自身は勉強しながら、かるたという周りから見た趣味も努力する。その趣味に対して、誰かから何も言われたくないから。千早のことを悪く言われたくないから。かるたは勉強に役立ったと言えるくらいに、成果は出したい。一応の太一なりの頑張り。
だから、開成中学(級)に合格しても、それを蹴って、かるたを第一にして欲しかった千早との意識のズレ。これはどっちが正しいとも言えない。もし、それで、かるたに集中して、今までの勉強に対する努力を無駄にして、ランクを落とした学校に進んで、それが将来仇となって帰ってきたら、きっと、太一の中で千早を責めてしまう。
そして、周りも千早を責めるかも知れない。だからこそ、太一はかるたを捨てざるを得なかった。だけど、千早との友達関係はずっと一緒でいたい。その気持ちだけは千早も一緒だから。
「チームになってみたくての」
そして、新の新たな気持ち。一人でやっていたスポーツがチーム戦になる。まあ、それが独壇場になってしまうわけだけど、それは彼自身のかるたへのこだわりの証であって、誰に対しても手を抜かない。
彼がかるたというスポーツで一番でなければ嫌だという気持ちが全面に出てしまったがゆえに、いつの間にか、仲間も敵になってしまった。敵にしたくはなかったけれど、結果的に敵に見えてしまう彼自身のコミュニケーションの不器用さが表れていて面白かった。
でも、こんな姿勢に対して、千早も太一もとがめたりしない。負けじと対抗する姿勢を見せて、特訓に励む。その特訓風景の楽しさと厳しさを見て、段々と心が通うようになってくる。千早が新に対しては距離感を置くように出来るだけ名前で呼ばないようにさせていた。それは太一のいじめの標的になってしまうからでもなくて、新自身が感じていた劣等感からの千早への距離は置いていた。
だけど、これだけ親しくしてくれたのだから、名前で呼び合う仲間でいたい。ずっと、一緒の友達でいたい。本当のチームでいたい。その気持ちがようやく冬の日になってわかった新の遅い進歩が見られて嬉しかったです。
「百人一首は全部で百首。百人友達が出来たと思って仲良くなりなさい」
で、残った千早ですが、この原田先生の言葉が胸に突き刺さる。良い意味でも悪い意味でも、この言葉がかなり辛い。新から「ちはや」にしか見えないと言われた札は、新を思い出す札。
そして、「ふくからに」で取ったチームとしての一枚は、太一を含めた初大戦での札だから、太一を思い出す札。
こんな感じで、百人一首の札と同じように友達が出来ていく。このまま、かるたを続けていれば、どんどん愛着がわいて、そのうち友達が百人出来るかもしれない。そんな希望ある未来しか見えなかった。
「新、太一! ずっと一緒にかるたしようね!」
だからこそ、手に入れた札はずっと色あせることなく、そのまま記憶の中にあり続ける。それは現実も未来も思い出の札も全部一緒だと思っている無邪気な千早だからこそ、この「ずっと」という言葉が心にしみる。
この時に新と太一の二人で千早を起こした時には、きっと二人は気づいていたのかも知れない。もしかしたら、その「ずっと」は無理かもしれないことを。だから、そんな希望だけ見えている千早とは対照的に、現実を見ている二人が近いようで遠い存在に感じてしまったのだろう。
「一人になるなら、かるたなんか楽しくない」
で、そこから絶望に変わる。友達がいるから、かるたが出来る。引っ越してきて、一人でもかるたを続けてきた新をある意味否定している。でも、そんな新も今回でチームでやる楽しさを感じてしまったから、もしかしたら、一人になった時に、千早と同じように一人のかるたは続けたくないと思ってしまうかも。
「チームちはやふる」というTシャツまで作って、一緒にやる楽しさを実感していると新が伝えたくて、そのTシャツが結束力の証でもあって、太一としても、このチームは忘れることないと思っている。それが千早に伝わった時の感動はすごい。
「でも、こんなに寂しいのは私だけじゃないよね?」
だから、こんな言葉を千早は言うことが出来た。新と太一のことをわかっている千早なりの優しさなんだと思う。怒るほどに寂しい。
この怒りって、自分だけ置いてけぼりにされてしまうから寂しいと感じているからで、新も太一も、本当なら離れたくない。でも、周りからの圧力で離れざるを得ないから寂しいという気持ちはあるというのを、彼女は最初感じ取れなかった。
だけど、そのTシャツを見て、新と太一も、千早がいなくて寂しいと思っていると感じられた。そこら辺は千早の感受性豊かな性格が影響しているのだと思う。千早なら、言葉ではなくて、行動で示す。だから、新と太一も、千早っぽく行動で示した。
二人とも、千早を深く知っているから出来ること。だから、この問いに答えなんていらない。無言で最初で最後の三人のチーム戦に集中することが、その答えになっているから。
「ちはやにトロフィーあげたかったな」
だからこそ、負けた時に悔しさが残る。新としてはどうにもならないこと。新だけでは勝てない。太一か千早のどちらかが相手に勝たなければいけない。それは新の実力だけではどうにもならないという一人での戦いでの敗北よりも、チームとしての三人の力を合わせての戦いだから、なおさら歯がゆくて悔しくて悲しい。
新としては、個人ではトロフィーを持っているけれど、千早は持っていない。まあ、太一もだけどね。だけど、千早の熱心さを考えると、チームで戦った思い出としての証を残したかった。
最初で最後の大会だから、自分たちが努力して特訓して頑張った軌跡として、小さい大会だけど、そこでトロフィーをあげたかった。男として、最後は格好いい終わり方をしたかった。
でも、千早としては優勝するよりも一回戦負けが嫌だった。まだ、このチームでもっと戦いたかった。一緒にいて戦っていたと思いたかった。三人とも、同じように一緒にいる時間を増やしたかったんですよね。
「続けていたら、また会える。絶対、会えるよ!」
で、涙を見せる千早と太一。千早が泣いているのを見ると、どうしても悔しくて、自分の不甲斐なさに泣けてしまう太一も純真なんですよね。周りの目だけが気になるだけで、千早が悲しむ姿だけは見せたくない。
前回の新との勝負に負けたくないからと、メガネをとって勝負を有利にした卑怯な太一ですが、その卑怯さは新に詫びて、太一としては千早の悲しむ姿だけは見たくなかったんでしょうね。
「なんで泣くんや。すごい楽しかったが」
そんな中、平然としているような新でしたが、きっと彼は泣いて終わるよりも笑顔で終わりたかったんでしょうね。悲しかった思い出としてではなく、楽しかった思い出として明るく終わろうって感じで涙をこらえていたんだと思います。
だけど、引越し前日に家を訪問されて、千早との一騎打ちを申し込まれて、即座に用意する新が可愛かったです。新自身も大会で負けたかるたよりも、負けないという意志を千早にも見せたかったし、最初に家に来てくれて、かるたをしてくれた思い出と同じく、いつも通り本気で挑んで、千早がどれだけ成長したかというのを感じて欲しかったのかも知れません。だから、太一も読み手になって、そこは譲った。
でも、「ちはや」という札だけは最後にとって終わりたかった。最初に「ちはや」にしか見えないといった彼としては、その「ちはや」を手に入れて、千早に対しての思いを行動で示したかったのだと思います。だけど、同時で負けてしまった。
でも、千早もその「ちはや」に対しての執着があったことが嬉しくて、あの言葉を忘れずにいてくれたことが嬉しくて、新としては、あの頃に千早が声かけてくれて、チーム戦で戦えて、楽しいかるたを出来たことを思い出してしまって、つい涙がこぼれてしまった。
「たぶん、もう会えん」。もしかしたら、この言葉に込められた意味は、かるたを続けていても会えないということか、それとも、千早がかるたをしなくなってしまうことか。または、新とのつながりが切れてしまうことを感じてしまったのか、憶測の域を出ませんが、彼の涙は非常に印象的でした。
そして、それに釣られて泣いてしまう千早。そうなると、太一も千早に釣られて泣いてしまう。その全員の涙が全ての気持ちを哀しさと一緒に吐き出して、ラストを迎えてくれて、最高な回でした。
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