天体のメソッド0560

「待ってて、すぐ戻るから」「うん、待ってる」。
この二言に込められた人情ドラマが凝縮された導入でした。


『Kanon』と『sola』の久弥直樹の最新作。『sola』から7年ぶりかー。なんか作中でも同じセリフ言っていた気がしますw。この作品も『sola』から続いていたら笑えますけどね。同じ「ソラ」とルビが振ってあるくらいですし。一見さんお断りというか、この人が描く脚本はあり得ないものが多いわけで。

天体のメソッド0548
せめて初回の冒頭だけでもありがちな出来事をというわけで、怪獣が書かれた大きな板を抱えて自らを看板娘と言わせるとか、料理している娘を亡き母親に重ねちゃう父親とか、新しい家の部屋で寝ていたら横で知らない女の子が正座しているとか、7年ぶりの故郷の上空に物体と化した未確認飛行魔法陣が浮かんでいるとか、あれ?冒頭にいけばいくほどおかしな出来事になっている不思議。乃々香が順応しているから気づかなかったよ。

見ているこっちも乃々香可愛いなぁ、さすがQP:flapperキャラ原案だよ、これはブリキや岸田メルのキャラ原案アニメを個人的に瞬間風速で超えているなぁとか見惚れているうちにストーリーが進んでいて把握が難しいという嬉しい悩み。

天体のメソッド0549
それとノエルという生き物が超絶かわいいんですが、うちも一匹飼っていいですか。乃々香も昔会ったことがあるかもしれないこともないかもしれない程度の子が家に入り込んでも不審者扱いせずに部屋着を貸してお茶まで出して、終いには留守番までさせて人を信じることを恐れないというのはこういうことかと学ばされました。

いや、きっと霧弥湖町には純粋で良い人が多いんだと思ったり。7年ぶりに再会した瞬間、汐音は乃々香に悪態ついていたけれど、子供の頃の回想で乃々香が引っ越しのことを言わずに出てきたからで、今更だけどそのことを謝ろうとしていた乃々香の今と昔の引っ込み思案ぶりに泣けてきた。こういう不器用な子は素直に応援したい。

天体のメソッド0551
そう思ってからの乃々香のノエルに対しての勘違いがきつかったというか、この歯車の噛み合わなさが胸を刺します。ノエルにとっては悪気がないだけでなく純粋な親切心からで、乃々香にも喜んでもらいたいと思っての一言が乃々香に強烈に拒絶されたわけです。本来ならその思いを踏みにじる悪意に敵意を向けたくなるわけですが、そこに悪意がどちらもないわけでこのもやもやした悲しみに近い感情が辛いです。

乃々香にとっても、大切な母親の写真立てに傷を付けられてノエルに対しての信頼感が敵愾心に急速に方向を変えてしまったわけで、それはここに移り住んできた霧弥湖町の人たちにも不信というカタチで矛先を向かうことは容易に想像できるわけで、そんな私の不安感を乃々香の正直が解消させてくれました。

天体のメソッド0553
父親に「私が不注意で」と謝ったわけですが、実際に乃々香が受け入れた不審者ノエルがやったわけですが、実質的に乃々香に責任があるにせよ、その言い訳としてノエルのことを話したくなると思うんです。それをノエルのことを怒鳴った罪悪感もあってか正直以上に優しさも混ぜて父親に告白するところが泣けてきました。

父親にとっては引っ越しで割ってしまったとあまり悪びれもなく白状していましたが、別に母親の写真に傷ついたわけでなく、写真立てが傷ついただけでその代わりはいくらでもあるわけです。そこに乃々香は気付けないというか、それも含めて母親に対する敬意だと思うかの違いでもあるので一概にどれが正しいとも言い切れない部分があるんですよね。

そして、そんな父親と自分の感覚の違いに憤慨するでもなく、すぐにノエルに対しての仕打ちを思い返せる乃々香がやっぱり優しいです。

天体のメソッド0559
そこから乃々香の大捜索があるわけですが、その最中にノエルとの過去を思い出す流れがいいですね。乃々香の母親のことを聞いて連れてくると約束したまま引っ越してお別れしてしまったわけですが、ノエルが乃々香の母親の写真を見せた無邪気な笑顔の理由がここで解明されたというのが清々しいです。

普通は母親が一人映っている写真立ては何だか意味深で勘ぐってしまう(ノエルは幼いからそんなことはないとそのときは思ってしまった)ものだけど、ノエルにとっては乃々香が母親を連れてくるという昔の約束を忘れていなかったわけで、そのことを乃々香は記憶の奥底に閉まっている。

きっと母親だろうこの写真を乃々香に見せればすぐに思い出してあの頃のことでまた話し合えるとノエルは思ったのかも。そう考えると内心嬉しく感じたであろうノエルの思いが踏みにじられて、より一層悲しみを増します。

天体のメソッド0556
で、乃々香はノエルとの約束を破ったわけですが、そもそも母親を連れてこようにも亡くなっているから今約束を果たそうとムリなわけです。

なら、ノエルの「信じてた」という二人の約束に対する肯定の意はなんだろう?と思ったら、そういえばこういうやりとりだったわけですね。

天体のメソッド0555
「私もお母さんも今日でこの町を出るの。東京に引っ越すって」
「遠くに行っちゃうの?」
「あ、そうだ、お母さんを呼んできてあげる。ノエルのこと聞いたらすぐ来てくれるよ」
「ほんと! うふふふふ うふふ」
「待ってて、すぐ戻るから」
「うん、待ってる」

ノエルが嬉しがったのは乃々香が母親を連れてくるというセリフで、約束もそれだと思うんですが、最初の「遠くに行っちゃうの?」に対する乃々香の答えが気になるんですよね。ノエルは乃々香の「東京に引っ越すって」の確認の質問なんですが、乃々香は沈黙で問いに返したわけです。

きっとノエルは先ほどから話していた歌を上手に歌える母親に会いたいんだと思って、それだけでも叶えたいと母親を連れてくると言った。ノエルもそれに答えますが、本当は乃々香が遠くに行っちゃうことが一番気掛かりで、母親を連れてくると喜んでいる乃々香に対してそれをまた尋ねるのも辛さの助長になってしまう。

それはまたすぐ来てくれる乃々香と本当の別れの時だけでいい。今日と言ったけど、すぐに戻ってくるからまだ時は残されているわけで最後の最後まで別れの言葉を取っておいたと思うんです。

天体のメソッド0558
それが実際には戻ってこなかった。そう考えると乃々香の母親のことはノエルにとって些細なことで、約束の本質的な部分では乃々香がすぐに戻ってくることに対してなのかもしれないと思ってきました。そのすぐがすぐじゃなくて7年も経ってしまったけれど(すぐという時間の感覚も人によって違うと言ったらオシマイかなw)、乃々香は二人が約束した場所である天文台を思い出して謝ってくれたわけだしね。

そういう意味で、ノエルは「おかえり」と言い、乃々香は「ただいま」と言える。ノエルが春夏秋冬を天文台で一人待ち続けた先のご褒美は少ないように見えるけれど、ノエルにとってはそれだけ価値のある乃々香に対しての思い。それを確かめ会えた一連のシーンがただの写真の件の仲直りだけに終わらないという点も含めて感涙モノでした。