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楽しみにしていた詩暢戦。クイーンに対抗する千早としての今までの集大成。詩暢にもっとかるたを楽しむ姿勢を教えるために挑戦する。


ようやくここまで来ました。もう詩暢ちゃんが出てくるたびに、早く千早との対戦が見てみたいと願っていたものです。別に千早とじゃなくてもいい。詩暢のかるたが見たい。千早がクイーン戦での録画を何度も見ていたように、詩暢のかるたって人を魅了するものがあるんですよね。

詩暢のかるた


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言葉で表しきれない威厳とかオーラとかそんな感じでしょうか。あまり詩暢のかるたを言葉にして見せるよりも、映像として観ていたいという気持ちが強いんですよね。かるたの隅の最短距離を狙って音が出る瞬間に札を取っている。何を言ってるのかわからねーと思うが、という領域だと思うんです。

そんな簡単な言葉で詩暢のかるたを形容したくないんですよね。理屈ではわかっている。かるたの取り方もわかっている。そこからどう対策を打つのかがわからない。そんな感覚だと思います。そうなると異次元のかるたになって能力バトル的に超人じみた設定になってしまうと楽しくなくなる。だからこそ、人に出来ることをかるたできちんと表現している所が好きなんですよね。

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詩暢だって人なわけで、Tシャツにケチつけたり、冗談で右手で取るとか言ってみたり、人として生きているんですよね(当たり前なんだけどw)。そんな人が人としての上限に近づこうともがいている。詩暢だって完璧ではないわけで隙があるといえば隙がある。25枚差で1枚も取らせないかるたが出来るわけでもない(A級選手なら)

その人間としての描き方がすごく上手い。日本でのトップは世界でのトップとしてのクイーンの素晴らしさと遠い存在として威厳あるように描くことはすごく簡単なんです。絶対に勝てない何かを用意すればいいだけで、10年に1度の逸材として才能には勝てないと千早に思わせてもいいんです。努力しても難しいんだなぁって。そうして何度も何度も戦って尺を稼げる。

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ただそうすると、かるたじゃなくてもいいんじゃない?となってしまうんですよね。別にかるたじゃなくても、この人間ドラマは描けると思うんです。かなちゃんの歌の響きとかそういう美的感覚はなくなってしまうけどね。スポ根としての主人公が頂点に辿り着くまでという構図はどんな作品でもある。

だけど、『ちはやふる』は違うんですよね。小学生の時にメガネを隠された新に代わって、太一と勝負して小学生の大会(といっても規模は小さいですが)でトップになっているけれど、トップになって何が得られるかという部分にまで踏み込んでいる。そこまでの軌跡も面白いんですが、やっぱりその先ですよね。

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だからこそ、詩暢の描き方が好きでトップになったとして何が面白いのかわからないというか、トップはトップとして期待に応えないといけないし、それなりにクイーンとして求められるものが変わってくる。きっと視聴者は誰もがかるたのトップになってみたいと思うかもしれないけれど、クイーンの詩暢としてはそれほど楽しめていないんですよね。

そこがキーポイントで千早が団体戦の北央にセイムで敗れたときに「楽しかったね」という言葉通り、かるたをやって楽しめたということがすごく重要なんですよね。団体戦ではチームとしての絆を描ききったと思いますが、そこにチームとして誰もが楽しむということが出来ていたと思うんです。

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団体戦で全国優勝は嬉しいと思います。ただ、千早は誰もが楽しんで優勝しないと嬉しくないと勝手に思っています。富士崎の情報を得るため予選から外れた机くんに対して、肉まんくんが敵意をむき出しにして和解しないまま優勝したとしても千早の目指す高校選手権での団体戦優勝は達成されていないようにも感じています。これは勝手な思い込みですけどねw。

だから、かるたを愛して、かるたを楽しんで、人とかるたで触れ合ってお互いのことを想い合っていくかるたが千早の理想なんですよね。クイーンになることが最終地点ではないわけです。きっとクイーンになっても、そんなことよりかるたを好きになってくれる人を集めるために尽力する姿が目に浮かびます。

詩暢がかるたを楽しめていない理由


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そして、詩暢の話に戻るのですが、詩暢自身はクイーンとしてかるたをそれほど楽しんでいないんですよね。強いは強い。最強に強いからこそ、相手を完敗させてしまい、かるたに対する相手の情熱を削いでしまう。詩暢が幼少の頃に悔しがって執着する千早みたいな存在は稀有なわけですよ。

新から一枚だけ取れて嬉しがっているような子はあまりいないわけです。詩暢は常に接待かるたをするわけじゃない。だけど、相手の気持ちを慮ることをしない子ではない。

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だから、千早に「もう何枚か取らせてあげれば良かったかな」と後悔する。そんな誤解が千早に対しても同世代の子たちにも思うのは辛いですよね。つまりは相手を負かせば負かせるほど、同世代の友達がいなくなってしまうわけですから。

かるたをやればやるほど、かるたも自分も好きになってくれる人がいなくなる。千早のかるた部とは全く逆なわけなので悔しいですよね。

詩暢も本気で臨むことで千早みたいな負けない強さを底から引き出して、もっと強くなってみせると意地をはるような人を望んでいたけれどいなかった。だからこそ、詩暢の対戦する相手はいつしかかるたを楽しめなくなった現実があったわけで、それをいつまでも詩暢は引きずっているように思いました。

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それなりにかるたに対する思いもあるし、クイーンとしての自信もあるし自負もある。だけど、それはクイーンの座を守るために日々努力した結果なんですよね。それよりも激レアな(周りから見れば趣味の悪い)グッズの方に思いが向いている普通の女子高生なんです。

女子高生としても楽しむために、かるたがそばにあっただけなんで、千早はそれだけじゃなくもっとかるたを通して楽しめることが一杯一杯あるんだよ、というのを新からも太一たちからも教えてもらって、ずっとそれを実践して今報われているわけです。

だから、詩暢にもめぐむと一緒にかるたの醍醐味(こう書くと詩暢の方が知っている気がするw)を味わってもらいたいから、痛いのも我慢して本気のかるたで自分も楽しむし、詩暢にも絶対に楽しんでもらう。

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本気でないと楽しくないかるたがそこにあるから。右手を怪我しているから左手で囲い手を使った時に学んだことを実践して、苦手な大山札を詩暢から奪えた。そこに悔しさというか、どうやったらそれを破れたか研究して詩暢や他の人も含めてかるたを研究する楽しさを味わって欲しいんですよね。

だからこそ、詩暢が右手で取りましょかという冗談に千早はムキになって反論した。詩暢としては同じようなハンデを与えることで相手も楽しめるようにしようという心意気があったわけですが、それは千早には通用しないわけです。

怪我があろうとも本気で望んでくるクイーンとの対戦を楽しみにしていたわけで、そこでクイーンの絶対的な強さの前に感服しようとも、それは本気で挑んだ詩暢に対しての敬意と悔しさで、また次の対戦が楽しみになるわけで、その連鎖が千早の心のうちにあるまでは、ずっとかるたばかをやっていると思いますw。

「名前なんやったっけ、あの子?」


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そして、最後の詩暢の言葉に泣けた。「名前なんやったっけ、あの子?」。詩暢の幼少の頃での回想で一緒にかるた会にいて、かるたをやっていた子が詩暢の家に来てかるたを渡して返す時の言葉です。

子供とはいえ、かるたぐらい親が買ってくれると思います。だから、この子は今後一切かるたをすることはない。これからもかるたを続けるだろう詩暢にプレゼントして有効活用してもらった方がいいと考えた。

だけど、詩暢の気持ちを踏みにじる行為ですよね。別に詩暢にあげる必要もないわけで、かるた会の誰かにあげればいい。

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それにかるたをやめるまではいいけれど、詩暢にそれをあげることであてつけのように詩暢のせいでかるたが出来なくなった、楽しめなくなったという気持ちを親と一緒に伝えているわけで、これはトラウマになりますよね。

そして、詩暢が名前を思い出そうとする言葉につながってくるわけです。このシーンでは詩暢にかるたを渡した子の名前だと思ってしまいますが、その後、すぐに「さとこちゃーん!」と詩暢は叫んでいるわけです。

つまりはこの名前って千早のことなんですよね。この対比が素晴らしいです。本気で挑んではいない接待かるたをしていた詩暢が他の強い人たちでは実力を発揮して、それがさとこにとって妬ましい気持ちに変化してしまった。

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詩暢にとって本気でやることは相手を楽しませることが出来ないと感じた幼少期だったのが、ようやく高校になって本気で戦って喜んでいる千早が表れてくれた。

詩暢が本気でやってもお互いが楽しめるかるたを理解出来、本気でやることで感謝する人間がいてくれたことが嬉しいわけで千早と顔を合わせられなかった詩暢が可愛すぎてもう泣けてしまいました。この演出最高だよ!