今日のごちそう
今日のごちそう
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橋本 紡
講談社
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世界観

[仕事][友達][恋愛][料理][家族][シリアス][泣ける]

あらすじ

パスタをこねながら、思い出す恋人のこと。失敗したデートのあとで、家で一緒に食べるアンコウ鍋。なかなか大きくならない我が子のために、ことことと煮る煮豆――。いろいろな日に、ごはんを食べる。一人で、二人で、家族そろって。誰にでもある、ごくふつうの日の料理の風景を繊細に丁寧に切り取ったドラマ。とくべつな日ではないけれど、それぞれのごはんがごちそうになる、人生のある一日を温かな筆致で描く掌編小説集。

短文感想(ネタバレなし)


最初、短篇集として見てかなり小分けにされているな、と感じているので、ストーリーとか大丈夫なのかな?と心配していたことが的中。23の短編に283ページだ。一つの短編に10ページ弱しかない。そうなると話のインパクト重視だ。ということは橋本紡の新たな開拓としての実験台だと思った。だけど、そこまでインパクトはなかった。いつもの橋本紡だった。

だから、それぞれの短編はキャラ紹介と背景で全て埋め尽くされて内容はどこにいったのかわからない。この短編の面白さは何処? そんな不安な感情を抱いて読み進めました。たまに短編がリンクしてある所ではラッキーと思う程度でそれ以外は完結している。いや、完結していないのか。

それぞれの短編は料理をテーマにして、物語の「起承転結」の「起」と「承」をスパイス程度にあしらって、そこからどのような物語が始まるのだろう?って思ったら終わる感じです。淡々としている。淡々とし続けている。なんだか読むのがかったるくなってきた。最初の短編を読んだときは、これページ飛ばしちゃったかな?って思うほど。

でも、読み進めていくと、一つひとつの会話や心理描写が秀逸な分、色々な人、老若男女問わず、その人の視点でどういう人生を歩み、これからどうしたいのかはメッセージとして必ず残っている。だから、心を切り替えて新しい人生にどんどん踏み込んでいける。それが23もあるのだ。

それぞれの主人公キャラの感情に身を任せるのもいいだろう。これから先、自分ならこういう人生を歩むだろうな、と考えてもいい。その人の最善の道はこうかもしれないと提案するのもいい。「起承転結」の「起承」が出来上がっている分、「転結」を読者が思いおもいに変化させることができる。それは読む人にとってどういう感覚を抱いたか試すような23の心理テストみたいなものかもしれない。

だけど、そんな心理テストでは終わらないのが橋本紡の力量で、23のメッセージは単純で明快な分、逆に正しい答えなんてないかもしれない。本人の気持ち次第だから、そう感情移入してしまうほどにすんなりの短編の作品世界に入り込めてしまう。これは橋本紡しか出来ない。

どれもこれも正しい。人間なんだ。人間だからこそ、心が揺れるんだ。人間らしさを料理と絡めて、それが思い出となっていく。その思い出が苦いものであろうと、甘かろうと、その人の人生はその人のものなんだから、手を出しちゃいけないんだ、と思えるほどに立場とか年齢とかも超えて、その人の思考になってしまう上手さがたまらない。

主人公に感情移入できないで、一人称で語られたら、その物語が崩れ去ってしまう。だけど、23もの短編を用意した。そうすることで、どれかには引っかかるだろうという策略が見えるんだけど、その全部のキャラに感情移入してしまえるぐらいに文章で読者に伝わってしまう。

橋本紡は難しい単語を一杯並べて説明するのではなく、主語があってすぐに述語だ。それくらいに文は短いんだけど、的を射ている。無駄な言葉なんて一つもないくらいに洗練されている。そう感じてしまうとなんだかどのキャラも「起承転結」まで書いてみたくなる。そんな気持ちにさせる新しい小説の在り方かも知れない。