中二病でも恋がしたい! - アニメ画像014

見上げてごらん夜の星を。その星は数えても数えきれないくらいに無数にある。それらはそれぞれ輝きを放ち光となって六花の心を照らし、ささやかな幸せを運んでくれるのだろう。


勇太と六花の恋は素直に応援したいけれど、そこに六花のとりこになっている凸守が入ることで、凸守だけが孤独になってしまうんですよね。

日常生活で並行世界を信じてくれない周りの中で孤独を感じ、なんとかネット上で仲間を見つけ出した凸守の思いというのはモリサマーに対する執着と同じように、凸守の心を救ってくれた尊い存在なんですよね。

まずは六花のことより凸守のことを……


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それが過去のものとなり後になって思い返してみて恥ずかしいという勇太や森夏と同じ感情ではなく、やっぱり凸守にとってモリサマーは恩人であり、その偽モリサマーを名乗る本物のモリサマーに言われても信じたくないくらいにのめり込んでいるぐらいだったら、まだいいんです。

だけど、そのモリサマーもいなくなり、マスターは勇太に取られ、まるでおもちゃを全部取り上げられて何も遊ぶものがない空間に居続ける子供のような印象を受けます。

それぐらいにマスターである六花との絆は固く結びついていたけれど、それが六花の恋というものによって切られてしまうのではないかという危惧が凸守の中にあって、その不安を助長するように恋の相談を受けるという展開は凸守にとっては想像出来なかったのだと思います。

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きっと、凸守も六花と同じように父親との楽しい日々がこれからも続いていくという想像だけで生きてきたと思うので、そこで六花が勇太と一緒に凸守を置いて中二病セカイから出ていって普通の恋にうつつを抜かしてしまう未来も見えてしまうわけです。

だとしたら、それは本当のマスターであるけれど、本当のマスターでもないみたいなそんな感覚を抱いてしまって、まだ並行世界を信じるただ一人の存在として逆戻りしてしまうのがなんとも悲しくて泣けてきます。

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だからこそ、六花を取られまいと凸守の最終兵器みたいなので、勇太を倒して、ダークフレームマスターに戻ってもらおうと思ったのかもしれない。

それがマスターのためという言い訳があるけれど、マスターが幸せになるのは勇太が居て欲しいということなので、そこでの葛藤があるけれど、結局は自分のために倒そうとしていた自分がなんだか寂しさを感じてしまったのかも知れません。

そんな怒りの矛先を偽モリサマーに向ける所があって、それはそれで凸守にとっての偽モリサマーの存在は大きくなっているからこそ、ここで六花と一緒に帰る勇太を許せたのかも知れないです。

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そういう意味ではネットでもリアルでも凸守を支えてあげている森夏ってやっぱり偉大だよなーって考えてしまう。自分のことしか考えていないように見えて、森夏の全ての言動はこの『夏』を支えてあげているんですよね。

六花が部長で色々考えているけれど、それはやっぱり自分のことで頭が一杯で、周りが見えていない節があるので(父親の件もあるから仕方ないけど)、ここで森夏はモリサマーを消すためだけに動いているのに何故か自然と部全体の活発化や有意義化に取り組んでいるんですよね。

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学園祭の醍醐味でもありますが、自分だけが楽しいのではなく誰もが楽しめるように学生生活を謳歌しようという意味では主役交代の危機が訪れようとしています。

そういう意味では森夏の脱中二病による普通の学園生活の楽しみと、勇太の中二病包容による恋の楽しみ。どちらも脱中二病の新しいカタチとして幸せを築いていけたらいいですね。

見出した光が走りだしたことで、走りだした恋愛


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それと、とうとう告白した六花。このまま平行線上でなぁなぁで終わってしまうことが嫌だっただけにこの終盤での告白は最後まで物語を描こうとしているという意味ではとても良かったです。

だけど、どちらかと言うと、うじうじ悩んでいた勇太の方から告白した方が良かったと思います。いつも影で支えてくれていたからこそ、そのお礼というかなんというか六花の方から踏み出したという意味では、不可視境界線はきっとあるけれど、それでも勇太が好き、というこの作品のポリシーみたいなのを感じました。

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今までは『中二病だけど恋がしたい!』じゃなくて、『中二病だからこそ恋がしたい!』みたいな印象を受けていたんですよね。別に中二病だから恋が出来ないわけじゃなくて、もう初回の時点で六花が中二病だった勇太を好きである可能性もあるわけです。

だけど、恋によって中二病が消えてしまうわけではない。むしろ、共通の趣味があるからこそ、恋に発展しやすい。それを今まででやってきて、ここで六花の「光が…光が…走っている」ですよ。ZAQの絶妙な挿入歌のタイミングもあってこの時点でかなり涙腺がゆるみました。

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これは憶測ですが、六花にとっては闇の眷属ですから、光は敵のはず。だからこそ、同じ闇にいるダークフレームマスターと一緒に過ごしていた。闇ってやっぱり暗いからこそ、負の感情が生まれやすいんですよね。

むしろ、勇者にとってのラスボスみたいな感じで敵側に回って勇者を倒すみたいなのが格好いいと思えるんです。それでも、自分は勇者みたいな感じで、って矛盾しているけれど、それはそれで格好良ければなんでもいいんです。

だけど、勇太はただそれだけだったけど、六花は違う。六花は父親のいない世界は闇の中にあって、不可視境界線を超えた向こう側に父親がいると考えている。

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そうなると、不可視境界線管理局のプリーステスを倒すことは必須ですが、闇に光がさすことで闇が消えても光が見える。光が見えても闇の力が消えるわけでもないし、また闇に戻る。

それは前回勇太が言った夕焼けの喩えと同じで、朝になり光がさし、夕焼けになり光が消え、闇の世界へと変わる。それが毎日続くわけで、その自然に目を向けると、自分の知らない世界というのはまだまだ現実に一杯あるわけです。

六花にとっての現実での光は希望となって、それが走りだしている。いつもなら普通の光景だけど、勇太がいてようやく気づけた。その瞬間に六花にとって、まだ知らないような楽しいことが一杯あると感じられたんだと思います。

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闇にいなくても光となって照らしだされた現実の美しさとか感動はこれからもあるわけで、それは勇太とだったらどんどん見つけられるかもしれない。

希望となる光が加速してもっと明るい未来が待ち受けているかも知れない。そう考えたからこそ、告白に踏みきれたのだと思います。

まあ、そこに凸守の支えもあったのだろうけど。こんな雰囲気を作り出しているだけでも恋だけで終わらない所が何だか切なくも温かい気持ちになれますね。

重い…重い……弁当箱


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だけど、その甘い展開はすぐに幕を閉ざす。十花がイタリアに転勤という形で。六花の所に母親が入る。ただそれだけなんだけど、すごく重たい展開になった。母親は蒸発したわけじゃなくて、父親もいなくなり、六花からも避けられたということで、六花の心が落ち着くまで距離を置いていたということなんでしょうかね。

そういう意味では子供を見捨てるような母親ではなく、子供のためを思っての行動だから悪い人ではなさそうなんですよね。だからこそ、憎む先が見当たらない。それが悔しい。

せめて凸守の偽モリサマーみたいに怒りの矛先さえあればそこに怒りをぶつけて気持ちを整理することができるのに。誰も悪いことがないことが悪い。その現実ってやっぱり辛いよな。

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六花に勇太が恋人という光が見えても、またその光の効力が消えてしまって戻らないことになったら、一から出直し。でも、勇太と十花は母親のことを気にしているけれど、父親がいない現実を受け入れることは今なら出来ると思っていたりします。

父親が亡くなった時に母親と十花が六花に隠していたこと。それは優しさからくるものだったけど、それは間違いで、幼くても伝えるべきだったんですよね。だって、ショックが何倍にも膨れ上がるのだから。

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父親がいないというショックに加え、自分に対して隠すという行為をした母親と十花に対する信頼も失い、まだ他に重要なことを隠しているかもしれないという疑念が渦巻いてしまい、自分の殻に閉じこもってしまうことはもしかしたら、自明の理だったのかも知れません。

だけど、そんなに現実って上手くはいかないので、未来が予測できない限り、隠していた行為を責めることも出来ない。だとしたら、時間が解決するか、それとも解決しないまま人生を終えるか。

六花に父親の死を伝えられた時、一瞬で家族という守るものがいなくなってしまったことが恐い六花にとってはどんなことがあろうとも一人にはしないという孤独を感じさせないことが先決かも知れませんね。

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だから、母親の弁当箱が重要なアイテムだとは思わなかったです。六花にはどんなに言葉で言っても聞く耳を持たないと思います。だけど、料理は違う。レンジでチンして弁当を用意するようなことはせず、十花は料理して六花のためにこうやって毎日弁当を作ってあげている。それがわかるまで何年かかったかわからない。

だけど、その行為は無駄ではないと思います。塵も積もれば山となる感じで、十花と住むのは許せる感じで六花の心は少しずつ人に対する信頼を取り戻している気がします。

そして、母親も弁当箱。愛情の証明がカタチになっているから、それが伝わればという気持ちになって表れています。最初は拒絶していたトマトは十花の嫌がらせだと思っていた六花も、勇太の説明によって別に悪いものじゃないというのを感じられたという意味では、勇太の言葉だったら聞いてくれるかもしれない。

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だけど、無理だった。モリサマーが言っていた通り、普通温かい弁当を用意してあげたということで「愛情」がつまっていると感じることが、勇太の言う「現実」がつまっているのですよね。

その響きが何だか重たくて、それを受け入れる(食べる)ことが出来るのか出来ないのかわからないけど、モノと違って料理は腐ってしまう。

そのままにしていれば「現実」を受け入れることなく、また受け入れられないまま時間とともに過ぎ去ってしまう。だけど、初回でも六花が勇太に言っていた通り、それは捨てることなく部屋の中に思い出として残すことは出来ます。

だからこそ、今回の最後に六花が父親の好きだった歌を歌って過去のものと割り切れたのかもしれないし、割り切れなかったのかもしれない。かけがえのない時間を無駄にしていいのかどうか、恋人となった勇太の支えがある六花の決断に目が離せません。