葉桜
葉桜
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橋本 紡
集英社
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世界観

[書道][師弟][恋愛][姉妹][家族][シリアス][泣ける]

あらすじ

高校生の佳奈は、書道教室の継野先生へ思いを寄せてきた。けれど、先生には由季子さんという奥さんがいて…。美人で天才、自由奔放な妹の紗英が背負っている、命の不安。他の教室からやってきた津田君の、真摯に書道に打ち込む姿。周囲の思いに背中を押されるように、佳奈のなかで何かが大きく変わろうとしていた―。春から夏へ、少女から大人へ。まぶしく切ない青春恋愛小説。

短文感想(ネタバレなし)


あぁ、橋本紡節だなぁ。全くぶれない。言葉の一つひとつから橋本紡らしい文章が綴られていた。相変わらず、物語は大きく動かないけれど、心は大きく動く。

その微妙な変化を大袈裟っていったら失礼だけど、繊細に詳細に軽い言葉でありながらも、明確なゆえに重みのある言葉となって心を打ち付ける。

それは喜怒哀楽全てに言えることで、楽しい時も何か心が温まるような感覚を覚え、悲しい時はひどく現実を憂いてしまう気分にもなってしまう。


今回は書道をテーマに書いていて、書の道という意味では文学系部活少女の物語としてみてもいいかも知れない。だけど、書の道を極めていくというものではなく、それはただ小さい頃から書道教室に通っている少女が惰性で高校生でも通い続けているだけのもので、何かの賞を狙っているわけではない。

だけど、その求めるものが人とは違うだけで、何かを欲し、何かを求め、そのために何かを失ってしまうという流れは変わらない。多少の違いはあれど、人という生き物はきっとそんな道を誰もが歩み続けるのだと思う。

それが部活の一環であるか、人生の一環であるかの違いで、後者の方が大きく見えるけれど、部活も人生の一環であるので、ある意味場所の違いだけで訴えたいものは一緒なのかもしれない。書の道というテーマがある分、古文や和歌などの一つの学問として色々学べる部分があって面白い。

学術書じゃないから、そう深く掘り下げていくわけではないけれど、昔書かれた「書」の意味の説明が親切設計になっていて、わかりやすい言葉で解説してくれる分、なんだか「書」というのに興味がわいてくるし、親しみが湧いてきて何だか頭が良くなったかのような錯覚に陥る。

でも、その「書」も物語に関わっていたり、関わっていなかったりして、その関わっていると理解できたときの奥深さというのはたまらなくて、小説としての面白さも追求していて、二重の楽しみを得られる傑作だと思う。


橋本紡の作品の全てに言えることだけれど、これだけ知識が豊富で、これだけ言葉の意味とか色々なことを知っているのに、それをひけらかさないというか、格好つけないようにする姿勢はスゴイと思う。

最初はラノベ畑からとはいえ、段々と一般小説の域で勝負していて出版して実績があるのだから、ある部分でこれだけ自分は知っているんだぜ、というような難しい言葉や言い回しを使ったりして、敷居をあげるのではなく、あくまで優しい言葉を使い、人が感じるもろさや儚さや愛しさといった部分を誰にでも伝わるように書いている。

それは決して小説家として成長していないというわけではなくて、筆者が発したいメッセージをどれだけ読者に伝えることが出来るかという部分を追い求めている分、簡潔でわかりやすい言葉を使って誤解も錯覚も招かないように慎重に、かつ丁寧に描いている。

それに奇をてらっていない分、他の著者よりも長けているので、何だか面白いけれど、何がいいたいのかサッパリわからないという小説家よりも読んでいて楽しいと感じる。


それでいて、物語はしっかりと作りこまれているし、登場人物の感情部分の揺れは一文一文変化が見られるので、一度感情移入してしまうとガッチリと読者の心を捕まえて離そうとしない。

今作では「書」という文字を通じて、一度も逢ったことのない人と心を通わせることが出来るという部分では橋本紡のテリトリーだし、日常の中での小さな奇跡を美しく感じる点では今作もやはり美しい。美しいというのはただ表面だけが美しいというわけではなく、中身を伴った美しさであり、完成された美しさまでは到達していない。

だけど、それを目指している未完成な人間の心を率直に描いた美しさという上限のない可能性が無限に広がっている分、その美しさにやっぱり惚れてしまうんですよね。ありのままの自分。ありのままの姿。

そのままでいいのか、そのままではいけないのか、子供も大人も日々考え続けている悩みをドロドロと描くのではなく、その悩みが人間らしさという部分で肯定しているので、読み終わった後の気分が清々しく、この世界も登場人物の全てが愛しく思えてしまうので、なんだか心温まるエピソードの連続で日常に希望の兆しを見いだせた感じがする。