アニメ画像003

今週は待望の水着回。需要に合わせて、日々乃さんが数秒だけ張り切ってくれました。だけど、あえて、水着は描かないシリアスほんわか風味の感動話にするスタッフ最高やでー。


重苦しい先生の話の後は、清々しい水着回かと思いきや、やっぱりシリアスでズッシリと音が鳴るほどに重たい話となりました。いやー、こういう方面での暗さというか、重苦しさというか、人間の正(性)の感情・負(腐)の感情の対立から何か答えを見出していく物語は大好きですよ。本当、化けましたね、この作品は。岸監督、恐るべし。

詩緒のお姉さんの余裕の結果がこれだよ


アニメ画像000
まずは、詩緒の憂鬱ってことで、桐生に笑顔を見せられない彼女の葛藤が面白かったです。もうね、こんな些細なコトに真剣に悩む少女というのは可愛らしいものですよ。

そんな悩みが今回のラスト付近では、もっと過酷な悩みへと変化しているのだから、少女に対する残酷性というのが浮き彫りになって、それに頑張って対抗する精神がとても好きだったりします。

で、詩緒は笑顔を作ろうと鏡の前では奮闘していますが、実際に匡平の前では無邪気な笑顔をみせているんですよね。海ってだけで、満開の笑顔を見せているので、その笑顔を桐生の前で見せればいいだけなんですよね。

アニメ画像001
だから、彼女が求めているのは作り笑顔。誰に対しても、笑顔を作れるような大人と違って、自分の感情に反する笑顔を作るというのは、自分に嘘を付いているようで、純真無垢な詩緒にとっては難しい課題。

だけど、日々乃が言っていた「包みこむような笑顔」というのは、お姉さんとしての余裕という意味で、不敵な笑顔でもなく、作り笑顔でもなく、ただ、弟の前でも心に余裕があるような大人なお姉さんっぽさを出せればいいよね。

って感じで強要はしていないので、詩緒としては桐生とやり合った仲でやっぱり衝動に駆られた対抗心とプライドが邪魔をして、本気の顔つきになってしまう。それが詩緒にとって出来なかったのが悲しい。

アニメ画像002
だけど、その顔つきは本心だと思うし、微妙な感情の中で揺れ動いているからこそ、そういった表情になってしまうわけで、そこに嘘がないからこそ対等な関係を築けているのだと思います。表情で笑顔を作れなくても、桐生を見つけて、わざわざ、ククリを使って桐生の会いに来た。

その行動だけで、桐生にとっては笑顔以上の愛を感じてしまったのだと思います。だけど、その嬉しさを表情に出したくないから、アッカンべーをしたのだと思います。お見合い失敗だったけど、お互いの気持ちはつながっていると思えた微笑ましい場面でした。

匡平が阿幾を憎み、阿幾が匡平を憎む理由


アニメ画像004
で、阿幾と匡平の関係に、話はまたシフト。匡平の聞いた話を元に阿幾のことについて、日々乃に話しただけなので、阿幾と匡平が憎み合う仲になったのは、あまり明らかにはなっていない。

匡平は阿幾と同じように、心の中に眠っている破壊と殺戮の衝動が共感出来てしまったのだろう。共感できたからこそ、それを実行に移してしまった阿幾が憎い。その感情はあくまで押し殺して、耐えなければいけない。人として殺戮の道具にもなる案山子をそんな用途で使ってしまったことに敵意を生み出すと同時に、自分に嫌気がさした。

アニメ画像007
包丁もナイフも同じ。普通の用途で使えば、便利な道具。あくまで日常的でありながらも、その力に人間が助けられる。大きな力を手に入れたときに何をするかが焦点となっていて、セキとなる人間はそういった感情面に問題がない人間がなるべきだと思う。

だけど、それは神のみぞ知る。力を与えられし者。力を奪われし者。そして、力のない者。それらが共存し、誰もが助け合うのが案山子の役割でないといけない。だけど、それは絵空事。

アニメ画像005
それが匡平にはわかってしまった。先生をあんなことにした奴らは許しておけない。だけど、殺してしまったら、ドラマの悪役は阿幾に回ってくる。例え、先生を殺していない人間だったとわかっても、大量殺戮には代わりない。

先生を殺した犯人を殺すだけでなく、村そのものに憎しみがあった彼は、そういった人間を生み出す環境に対して、敵意を燃やした。だからこそ、無罪の人間でさえも軽く殺してしまった。それが衝動で合ったとしても、その憎しみは消えない。

アニメ画像008
きっと、その部分を上手くやれなかった阿幾を責めてはいるのだけれど、とにかく殺してしまったものは仕方ない。大量殺戮の殺人者として扱いを受ける。だけど、そこに憐憫はないのか? 救いはいないのか? 誰もおかしいって思わないのか?

それが身勝手だって思える阿幾に対する匡平の憎しみ。阿幾からすれば立場は違うとはいえ、同じ状況でも匡平は阿幾と同じ行動をしたという予測をもとに共犯関係だと思っている。そのことが匡平の心を蝕む故に、感情が衝動に変わる。

アニメ画像006
匡平がセキをやめた理由もやっぱり同じ状況では破壊と殺戮に使ってしまう恐れがあったためだと思う。だけど、彼はまだ手を汚していない。踏みとどまった。だけど、阿幾が彼をつきまとう。同じ穴のムジナとして、やめなくても、その時にそういう感情を抱いてしまった彼には、やっぱり、阿幾を殴ってしまう。衝動的に感情だけでバイオレンスな人格に変わってしまう。

それが行動に移したか、移していないだけ。それだけで飄々と現実世界に生きているのが気に食わない。ただ、それだけ。先生に言われたとおりに、匡平が阿幾のことを守ることも助けるまでしないまでも、言葉でその行動に対して、励ましや同情の言葉を与えることだって出来るだろう。

みんな本当に身勝手。身勝手…


アニメ画像009
だからこそ、日々乃視点で見た時に、みんな身勝手。自分だけを見て、自分だけのために、自分の思い通りに全てのことを運ぼうとする。匡平は上記の通り、自分の感情だけで阿幾の事を一言フォローしない。

そして、阿幾は先生に対する愛はあれど、その愛がめぐりめぐって、匡平の近くにいる存在の日々乃を襲おうとするくらいに関係ない人に対して敵意をむき出しにする。殺戮の餌食にしか過ぎない。

同じように案山子を扱う者(詩緒含めて)はいずれその制御できない感情に任せて、大きな失敗をする。遅かれ、早かれ、村の餌食になる。村の人を餌食にしている阿幾としては、その怒りや衝動がいつ誰に対して起こるかだけは忠告した。だからこそ、彼はいつまでも我を通す。詩緒みたいなガキに対して、最初から打ちのめす。大きな失敗する前に警告する。それは優しさか、身勝手かはわからない。

アニメ画像010
セキになる資格。きっと、それはいつまでも綺麗な心を持ち続けることが出来る人間だけなのかも知れません。

だけど、阿幾の気持ちもわかるだけに何が正義で何が悪かはわからなくなっている。きっと、詩緒の言っていた「よいこと」は本当によいことになれるのか不安がつきまといます。

神様ドォルズ 8 (サンデーGXコミックス)神様ドォルズ 8 (サンデーGXコミックス)
やまむら はじめ

神様ドォルズ 7 (サンデーGXコミックス) 神様ドォルズ 6 (サンデーGXコミックス) 神様ドォルズ 5 (サンデーGXコミックス) 神様ドォルズ 4 (サンデーGXコミックス) 神様ドォルズ 3 (サンデーGXコミックス)

by G-Tools