この話は文句なく、いや、この作品に文句なんてつけられないけど、賛否がわかれるかもしれないけど、素晴らしかった。
キュゥべえさんによる熱力学講座。高校でも物理赤点だったから、さっぱりッス。もう少し、中学生でもわかるように教えて欲しいッス。
えーと、木が育って、焚き火として熱となるときのエネルギーがなんちゃらかんちゃら。つまりは、杏子の言っていた食物連鎖をモノに例えただけですよね。豚や牛などの肉を食べるために命を犠牲にして、人間の食物になる。これもエネルギーの変換。
だとしたら、ベジタリアンになって、穀物や野菜だけ食べればいいということになる。だから、まどかと一緒にファーストフード店に行ったときにほむほむは食べ物を注文しなかったのか。「魔法少女となった今、食べ物を食べて、命を粗末にすることは私自身が許さないわ」。
それにしても、感情エネルギーに目をつけたキュゥべえさんの眼力はマジ素晴らしいです。エネルギー源を消費して育ってきた人間の命の有効活用。命には注目しないで感情に注目するところがやっぱり鬼畜。人と人以外の動物の違いって、感情だと思うので、それは人にしかできないこと。
人が感じた生きようという希望や生きがいや誰かを思う気持ちなどのプラスエネルギーは単なる石油や電力などのエネルギーとして考えれば、何かに等価交換できないもの。いわば、キュゥべえにとってはムダなエネルギーを具現化して、他の誰かのエネルギーになるというのは素晴らしい発見だということが君たち人間は理解出来ないようだね。
人間の感情というものの大切さを重視する人間の理解は僕にはわからないよ、とばかりに今頃言ってくるあたりは、今までの経験から人間の感情を操作できる術を学び、その環状を尊重しているように見せることが彼なりの営業テクニックなのだろう。要らんことは言わない。その優しさにも似せた裏切りにゾクゾクします。
なによりも今回は、杏子の選択にしびれました。泣けました。同情しました。魔法少女になったときの、さやかと杏子の距離はそれほど近づかなかったと思う。杏子は不遇な環境で育ち、取り戻せない過ちをおかした。その代償として魔法少女としての罪を償っている。別に過ちと言っても、幼少の頃のことだ。万引き程度の罪にもならないだろう。
一人で戦い、一人で日常を過ごし、一人で将来を生き抜いていく。そんな寂しさから、さやかに対しても、自分自身の二の舞にならないように、忠告した。無駄だとわかっていても、自分自身と同じように、真実を知れば辛い戦いを日々過ごすことになる。
それならいっそ、この手で殺して、何も知らぬまま死んでしまう方が彼女のためなんじゃないかと思い始めたために、最初にあったときに、さやか潰しを始めた。だけど、お互い真実を知ってしまった。もう取り戻しがつかない。このまま死んだら、さやかは不憫な人生を嘆きながら、逝くことになる。
だからこその共同戦線。一緒に傷を舐め合いながら生きていくことで、お互いの不幸を感じさせないように支えあっていくことを提案した。だけど、そんな共感は得られなかった。さやかにはまだ希望が残っていた。その希望が絶たれたときに自分がどうなるかを考えていなかった彼女にはまだ甘さがあったけど。
さやかはその甘さから絶望を感じ、自らの命をムダにした。最後まで杏子に心開くことなく彼女は絶命したことになる。でも、最後に少しだけ愚痴が言えるくらいには負の感情という意味での共感を得合ったのかな。その言葉がなければ、彼女に対してはただの憐憫で終わったかも知れない。自分の辿る希望のない未来の終着点。それをさやかは提示した。
それだけでも、杏子にとってはショックなはずだ。
それがキュゥべえにとって抜き取られた感情エネルギーだとしても、最後は「愛」を感じて終わりたい。さやかも、杏子自身も……。
そして、祈りが届くなら、その祈りに応えてくれる何かにすがった。信じられるものがこの世界にはないかもしれない。だけど、信じられない世界の誰かが応えてくれるかも知れない。
自らの能力に頼るのではなく、ただ単に祈る。祈って祈って祈るだけ。そこに見返りは求めない。求められない。その現実に一抹の希望を残して彼女は散っていった。まどかに頼む前から、どうにもならなければ一緒に散る予定だったのだろう。
自らの命を犠牲にして、さやかが戻ってくれればいい。それに何度も祈っている姿は自らの罪の許しを請うているようにも見える。魔法少女としての戦いの日々という名の罰。
だから、さやかの死後、初めてといってもいい「哀」しみに暮れて、その結論が「愛」のために死ぬという結果には悲しくも儚い杏子の物語が幕を閉じて、悲嘆にくれることになったけれども、良い(善い)人生だったと言えるのかも知れません。すごく哀しいけれども……これが現実……。
感情エネルギーの有効利用という名の逃れ方
えーと、木が育って、焚き火として熱となるときのエネルギーがなんちゃらかんちゃら。つまりは、杏子の言っていた食物連鎖をモノに例えただけですよね。豚や牛などの肉を食べるために命を犠牲にして、人間の食物になる。これもエネルギーの変換。
キュゥべえが言っていたのと同じようにエネルギーが釣り合わない。豚や牛の数えきれない数の命を犠牲にしても、人間の命ひとつを支えているだけなのだから……。
だとしたら、ベジタリアンになって、穀物や野菜だけ食べればいいということになる。だから、まどかと一緒にファーストフード店に行ったときにほむほむは食べ物を注文しなかったのか。「魔法少女となった今、食べ物を食べて、命を粗末にすることは私自身が許さないわ」。
それにしても、感情エネルギーに目をつけたキュゥべえさんの眼力はマジ素晴らしいです。エネルギー源を消費して育ってきた人間の命の有効活用。命には注目しないで感情に注目するところがやっぱり鬼畜。人と人以外の動物の違いって、感情だと思うので、それは人にしかできないこと。
人が感じた生きようという希望や生きがいや誰かを思う気持ちなどのプラスエネルギーは単なる石油や電力などのエネルギーとして考えれば、何かに等価交換できないもの。いわば、キュゥべえにとってはムダなエネルギーを具現化して、他の誰かのエネルギーになるというのは素晴らしい発見だということが君たち人間は理解出来ないようだね。
人間の感情というものの大切さを重視する人間の理解は僕にはわからないよ、とばかりに今頃言ってくるあたりは、今までの経験から人間の感情を操作できる術を学び、その環状を尊重しているように見せることが彼なりの営業テクニックなのだろう。要らんことは言わない。その優しさにも似せた裏切りにゾクゾクします。
杏子の生きざまに共感すればするほど哀しい現実
なによりも今回は、杏子の選択にしびれました。泣けました。同情しました。魔法少女になったときの、さやかと杏子の距離はそれほど近づかなかったと思う。杏子は不遇な環境で育ち、取り戻せない過ちをおかした。その代償として魔法少女としての罪を償っている。別に過ちと言っても、幼少の頃のことだ。万引き程度の罪にもならないだろう。
その対価が命だということが、彼女の憐憫を誘う。だけど、誰も救ってくれやしない。
一人で戦い、一人で日常を過ごし、一人で将来を生き抜いていく。そんな寂しさから、さやかに対しても、自分自身の二の舞にならないように、忠告した。無駄だとわかっていても、自分自身と同じように、真実を知れば辛い戦いを日々過ごすことになる。
それならいっそ、この手で殺して、何も知らぬまま死んでしまう方が彼女のためなんじゃないかと思い始めたために、最初にあったときに、さやか潰しを始めた。だけど、お互い真実を知ってしまった。もう取り戻しがつかない。このまま死んだら、さやかは不憫な人生を嘆きながら、逝くことになる。
だからこその共同戦線。一緒に傷を舐め合いながら生きていくことで、お互いの不幸を感じさせないように支えあっていくことを提案した。だけど、そんな共感は得られなかった。さやかにはまだ希望が残っていた。その希望が絶たれたときに自分がどうなるかを考えていなかった彼女にはまだ甘さがあったけど。
さやかはその甘さから絶望を感じ、自らの命をムダにした。最後まで杏子に心開くことなく彼女は絶命したことになる。でも、最後に少しだけ愚痴が言えるくらいには負の感情という意味での共感を得合ったのかな。その言葉がなければ、彼女に対してはただの憐憫で終わったかも知れない。自分の辿る希望のない未来の終着点。それをさやかは提示した。
それだけでも、杏子にとってはショックなはずだ。
杏子は毎日を喜怒哀楽の「哀」だけ除いて生きていた子。本当に喜び、本当に楽しみ、本当に怒って生きてきた。「哀」ではなく、「愛」を欲していたのかも知れない。
それがキュゥべえにとって抜き取られた感情エネルギーだとしても、最後は「愛」を感じて終わりたい。さやかも、杏子自身も……。
そして、祈りが届くなら、その祈りに応えてくれる何かにすがった。信じられるものがこの世界にはないかもしれない。だけど、信じられない世界の誰かが応えてくれるかも知れない。
こんな不条理に、こんな不幸を許せない誰かに対しての共感や憐憫を願った。
自らの能力に頼るのではなく、ただ単に祈る。祈って祈って祈るだけ。そこに見返りは求めない。求められない。その現実に一抹の希望を残して彼女は散っていった。まどかに頼む前から、どうにもならなければ一緒に散る予定だったのだろう。
自らの命を犠牲にして、さやかが戻ってくれればいい。それに何度も祈っている姿は自らの罪の許しを請うているようにも見える。魔法少女としての戦いの日々という名の罰。
その罰からそろそろ解かれてもいいと彼女自身が判断して、最後の罰である命を差し出す結果として、さやかを助けられるかも知れないという彼女なりの最期の正義感が愛しくも苦しかった。
だから、さやかの死後、初めてといってもいい「哀」しみに暮れて、その結論が「愛」のために死ぬという結果には悲しくも儚い杏子の物語が幕を閉じて、悲嘆にくれることになったけれども、良い(善い)人生だったと言えるのかも知れません。すごく哀しいけれども……これが現実……。
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コメント一覧 (3)
一緒にいたい。
杏子はひとりぼっちでいるのが寂しみかったでしょう。
犯した罪を償うために孤独な人生を歩んできた。
だけど、そんな人生に転機が訪れる。
さやかとの出会い
最初はお互い敵同士で戦う立場だった。
だが、真実をした事でさやかの事が気になってくる。
彼女も魔法少女として孤独な人生を歩もうとしている。
もしかしたら一緒にいられるのかもしれない?
孤独に生きてきた杏子にとって仲間ができることは嬉しかっただと思います。
だからさやかに断れても仲間になろうと誘い続けただと思います。
まどかと一緒にさやかを助けに行く杏子の姿はとても楽しくイキイキして可愛いかったです。
結果はバッドエンドになってしまったけど杏子の気持ちはさやかに届いたと思います。
尺があればさやかと杏子のイチャイチャしていたんだろうなぁ…o(T□T)oショック!
今後の展開(予想)
マミ、さやか、杏子を失い。
さらに第10話ではほむらも危険な状態。
私の予想だとほむらはまどかに目的と真実を話し魔女にやられる
そして世界は魔女によって闇に覆われていくところまでいくのだと思っています。
そこでまどかが魔法少女になると思うですけど。
まどかの能力が気になりませんか?(≧▽≦)ゞ
あのキュウベェがまどかの力は宇宙の法則を覆すと言うくらいですよ。
ありえないかも知れないけど
例えば愛の力で奇跡を起こせる能力。
その能力で今まで死んでいた仲間を生き返らせる奇跡を起こす!
マミさん。さやかちゃん。杏子ちゃん。そしてほむらちゃんと一緒に戦っていく姿を想像しただけでワクワクするですよ!
それに…
萌えと燃えのなのはを世に広めた監督。
カオスヘッド・シュタインズゲートを作り出したニトロプラスの脚本家。
そしてひだまりスケッチの可愛いキャラデザイン。
どんな絶望でも一発大逆転でハッピーエンドにできる監督・スタッフさんがいるじゃないですか!!
私はこのままバッドエンドで終わると思っていません。
第11話・最終回で今までのバッドエンドを覆す萌えと燃え超展開に期待しております。
さぁ、魔法少女まどかの全力全開を見せてくれ!!
杏子とさやかに、そこまでのめりこめるのは良いことだと思います。杏子の感情を省みるに、さやかに対しては同情からの憐憫が一番あるのかと思っているので、さやかが生きていたとしても、これ以上の仲は進展していなかったかも知れません。個人的な考えでは、いつまでも、ライバルで居続けることでしょう。
杏子としては譲歩してわかりあえる仲間としてさやかに声をかけましたが、さやかは断りを入れました。それは記事の中で詳しく書いています。最期は絶望の中で看取る格好になったので、杏子としては自分へのシンクロと自分への戒めで終わりを迎えることをよしとしたから、こういう結果になったのだと思います。
だから、哀しいわけであって、そこに希望は見いだせなかったけれども、最後に覚悟を決めた杏子の姿は凛々しかったです。本当、そこだけは泣いてしまいそうなくらいに上手い演出でした。絶望の中で希望を抱きながら散ってゆく彼女の人生の美しさを物語っているようで涙腺がゆるみました。
今後の展開としてはHeiroさんが考えるように、全員復活エンドもありえそうですけど、この作品の方向性としてのメッセージは既に発信されているので、暗黒の中で最後を迎えるのかも知れません。それがバッドエンドであるかハッピーエンドであるかはわかりません。例え、ハッピーエンドだとしても、期待値が高くなっている視聴者は受け入れられなくなっていると思うので、今後の展開には期待したいと思います。