アニメ画像011

自分はフリュネが「好き」だ。きっと、ネッサも「好き」だ。だけど、クレインは「嫌い」だ。好きと嫌いで分けるのは難しい。


あー、今回も書くことないな、と思いつつ、筆を取るというか、キーボードをタイピングしていると、無駄な戯れ言が頭の中で出てくるわけで、いつの間にか内容もない長文になってしまったことをお詫びします。

この作品は思考を止めると全く見所のない作品となりますが、面白いと感じるように努力することで色々な背景やドラマが見えてくると思うので、そこは今後も感じ取って行きたいなぁ。

フリュネが手に入れたいネッサという名の「自由」


アニメ画像003
ネッサは自由の象徴として、フリュネは束縛の象徴として描いていると思うんですよね。そんなフリュネはネッサを捕まえて脱走した。だからこそ、クレインは「気持ちの持ちようでフリュネだって」という言葉を吐いたと思うんですよね。

彼女の真意は自由だというのはわかっているのですが、彼女がその自由を手に入れたかどうかは定かではない。


ネッサを連れているというだけで自由なのかというと、そうではなく、やはり、僧院からの監視があるために逃走の日々が続くだけで、僧院にいたときと何も変わっていないと自覚し始めてきたので、少しアンニュイな気になってしまったのでしょう。生きることよりも死ぬことが辛いとは思えないくらいに…。

アニメ画像002

彼女が本当に手に入れたい自由というのは、自分の意図通りに動かない不確実さにあるのでしょう。


現代で言えば、不便以外の何物でもない気がするのは、トイレ掃除をしているときのクレインの感覚と似たようなことで、嫌なことも好きなことも両立しながら成り立っている社会が当たり前に思えているから彼女たちの気持ちがわからない。

決められたレールの上を走って人生の終着点までが見えている世の中で生きていく価値があるのかどうかという部分で彼女のやりきれない気持ちがクレインの言葉で吹っ切れたのでしょうね。


ネッサを「触れる」か「触れない」か


アニメ画像004
ネッサを触れるか触れないかって、ネッサを好きかそうでないかということで、一度、クレインに触れなくなったことで、ネッサの気分は落ち込んでセキュリティに自ら迷子としてクレインの元から離れます。

で、気まぐれなクレインですから、いなくなって初めてわかるネッサといるときの楽しさを後悔するわけです。彼の心は結構気まぐれです。

きっと触れなくなった時には自由奔放に生きるネッサについていけなくなったからなんでしょうね。少しだけ嫌になった。

彼女のために労力を使うことがもったいないという感覚になってきて、懐古主義であるクレインからしても面倒だと思い始めてしまった。


それが短時間の間でそんな風に思えてしまうのは世界が変わってしまい、クレイン自体も少し「洗脳」されているからなんでしょう。

アニメ画像005
でも、そうなると、最初からネッサを触れたクレインはどうなのかというと、
彼自身が「自由」ではない「自動」のフラクタルシステムに嫌気が差していた。
だから、ネッサという名の「自由」を欲していたために、彼自身が願っていたことが実現できそうなだと思ったので、ネッサを触れたのだと思います。

それから、ネッサについていけなくなって触れなくなったという経緯で、やっぱり、フラクタルシステムに傾き始めた彼の心に不満を持ち始めたのでしょう。だけど、置いていかれたネッサが現れたというのにも理由がありそうなんですよね。

アニメ画像006
それはやっぱり、クレインに課した労働の意味と意義について彼が段々と魅力を感じ始めたからだと思うんです。それだったら、少しはネッサは自分の気持ちをクレインがわかってくれて、気にし始めていることに喜びを感じて、少しは許そうかなと思い飛行船に乗ったと思うんです。

だけど、やっぱり単純に許すだけなら、クレインも人間なので、また同じことを繰り返しそうなので、いたずらをしながら遊びながら、不確実性という名の「自由」の大切さを、もっと彼らに実感してもらってからにしようと思い始めたのが今回のネッサの狙い。

「寂しさ」でつながるフリュネとネッサ


アニメ画像010
で、ネッサがフリュネが嫌いな理由って、クレインがネッサに触れなくなった時と同じだと思うんですよね。フリュネもネッサを触れていたと思う。

だけど、いつの間にか、ネッサを心の中で遠ざけてしまっていたので、その感覚を敏感に察知したネッサがフリュネを嫌いになった。


別にフリュネはネッサを嫌っているわけではないと思うんです。でも、彼女の感覚って、好きか嫌いなんですよね。

ネッサの「好きが好き」という言葉通り、好きでないと嫌いになっているように見えるわけです。


これは「生まれたての赤ん坊」というクレインの比喩が的確で、好きでないなら嫌いと感じてしまう、その心って成長とともに薄れていくわけですよね。

アニメ画像012
何も二分する必要はない。嫌いでないもあるし、好きでないだけもある。色々な感情があるからこそ面白い。

でも、その感情というのを考えるために再度、初心に戻らせてくれるのがネッサの魅力でもある。


好きなら好き、とはっきり自分が思えるくらいにわかりやすいのが一番、というのがネッサの考え。

で、今回、ネッサの必要性を感じ始めたのがフリュネの成長とも言えるかも知れません。なぜ、いきなり、好きではないフリュネの前にネッサが現れたのかと勝手に想像したら、「孤独感」で共感を得たからだと思うんですよね。

ネッサはドッペルであるがゆえに「孤独感」から、「悲しい」と「寂しい」を味わっているんですよね。


これは本当に勝手な想像ですが…。

アニメ画像009
「悲しいも嫌い」と言っているのと同じように、「寂しい」も嫌いだと思うんですよね。まあ、寂しさから悲しさを感じるので、ネッサ的には、ほぼ同義でも良いかと思います。

フリュネとしてはクレインにも理解してもらえない、この気持ちをどうすればいいか、彼女としては悩んで寂しさを感じて悲しさを感じた。

で、ネッサとしては誰かが「悲しい」と思うのが嫌いなので、そのフリュネが抱いた「悲しさ」をなくしたいと思ったからこそ、彼女の前に現れたと思うんですよね。

そして、フリュネとしてはネッサが嫌いな「悲しさ」を出来るだけ出さないように涙をぬぐった。


このシーンが今回のベストでしょうね。ネッサが励まし、フリュネがそれに応える。

アニメ画像013
そして、ネッサが嫌いな「悲しさ」をなくしたフリュネはネッサに触ることが出来た。

お互い「悲しさ」を嫌うことで、いつの間にかネッサを好きになっていたフリュネの心が伝わっただけなんですけど、ネッサと同じように「楽しい」喜びの日々を好きになり、願うようになっていたから、もう一度フリュネとネッサの関係は修復されたんですよね。


このネッサを介したフリュネの心の成長が人と馴染んで付き合うことの大切さを実感したことにつながっていると思うと、クレインいらないなと思ってしまったりするわけですねw。

フリュネが彼と心が通じ合うのはいつの日でしょうかね。つながらないまま、最終回でも構わないけどねw。

フラクタル第1巻Blu-ray【数量限定生産版】「ねんどろいどぷち ネッサ」付フラクタル第1巻Blu-ray【数量限定生産版】「ねんどろいどぷち ネッサ」付

東宝 2011-04-22
売り上げランキング : 722

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

フラクタル(1) (ガンガンコミックスONLINE)フラクタル(1) (ガンガンコミックスONLINE)
マンデルブロ・エンジン 山本 寛 岡田 磨里 東 浩紀 赤崎 睦美

スクウェア・エニックス 2011-01-22
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools