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子供の純粋な夢と理想に対しての大人の現実のもどかしさ。


杏が夢で大人になって、つっちーと一緒になる妄想劇。

とりあえず、夢の中での杏の涙と、山本先生を追いかけてという杏の涙の対比に
気づいて欲しい。ここが重要なシーンだと思った。

夢の中での杏の涙


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それは仮の姿で夢とわかっているからこそ、無理なことでも、不思議なことでも、
何もかも、都合よく進んでいく。それはつっちーの内面が少しだけ美化されたり、と。

杏が願っていることを、そのまま具現化した結果なのかもしれない。
なので、子供だからこそ、恋に夢見る年頃(?)だからこそ、好きという気持ちに
正直になれる。一度敷いたレールの上を走るような感覚。

自分の夢に向かっての障壁や妨害などが考えられない年頃だからこそ、
少しずつ、自分で敷設したレールをどういう風に敷いていけばいいかな、と考えれば、
それだけで十分だったりする。後はそのレールの上を走ればいいのだから…。

そんな杏の子供としての夢を描きつつ、Bパートで、その対比。
レールはそんな簡単に自分の思い通りに敷設することが出来ないというのを実感。

現実で山本先生を応援する杏の涙


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人の気持ちというのは、そんなに簡単に動かせるものではない。
それは杏はわかっている。わかっているはずだった。だけど、夢の中で、
そういった気分にさせられると、ダメだとわかっていても期待してしまう。

少しずつ、人の気持ちというのがわかってきたから、つっちーが幸せになるには、
自分では力不足だとわかり始めたから。

だからこそ、自分の好きだという気持ちをあきらめながらも、
つっちーの恋を支えてあげたいと、そう願った。

自分はつっちーが好き。でも、つっちーは山本先生が好き。
そしたら、どうしたらいいかわからない。どれが一番最良の選択かわからない。
もしかしたら、自分の好きという気持ちは抑えないといけないのかも知れない。

だから、涙が溢れてくる。
現実では夢とは違い、不条理な出来事が色々と積み重なってくる。
そのレールが自分の敷設したい方向とは逆に敷かなくてはいけないとしても。

そんな現実を直視することに対する悔しさや不安。
だけど、つっちーを想うからこそ、一番の選択はつっちーの願っていることが
叶うのが一番なんだ。

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そう気づかせてからの、つっちーが駆け出す姿。それに合わせてのBGMが
カッコ良すぎた。カッコいいだけに、ドラマのようにはいかずw。

山本先生のペースに押し切られ、今一歩、足を踏み出せない姿は、
さすが、つっちーと言わざるを得ないですねw。
そこは話を切ってでも、強引に気持ちを伝えるのが先決だろう。

やっぱり、つっちーは、いつものつっちーで、杏は気持ちを整理出来ずに、
つっちーへの気持ちは継続となりました。
なんていうか、心地よい三角関係ですね。結局、恋は報われないで終わった。

でも、そんな平行線の中、成り行きでどうにかなっていくものなのかもしれない。
恋物語は視聴者の心の中で継続して描かれていくのだろうな。