この感想は他ブロガーさんの感想を読んでみて、勝手に思ったことを
書いている戯言です。読んでもいいし、読まなくてもいい。そんな雑感。

今回は「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」の第10話の感想から。

探してみると、結構、伏線回収されている回なんですよね。
リオは、ほんのちょっとした幸せに理解出来ず、でも、悲しみの中にある希望に、
ささやかな幸せを見出したリオの今後の成長にも期待。

ひそかにささやかにアニメを応援している日記さん

人生は別れる事の繰り返し。別れるにはまず出会い。
出会いの喜びが大きければ、別れの悲しみも大きくなる。
出会ってからの幸せな出来事の想い出があれば... ...
想い出があるから人は生きてゆける。

第1話とのカナタのリンクは行き止まりや迷いながらも出会える喜び。
それについて、言及して、こんな解釈をしてくれたことが嬉しい。

単刀直入の言葉が、単にリオを表していないみたいでいいですね。
そんなリオだからこそ、そういった想い出の出来事に振り回されていないように
見える。でも、実は自分もそうなんだ、と打ち明けるリオの素直さに泣けた。

アニメレビューCrossChannel.jpさん

前話ではリオが台風の中で子供の行動を苦々しく思う場面はあったのだが、救助成功によるリオの救済は描かれず、クラウスとクレハの話にフォーカスしてしまっていた。

そして、こっちは前回とのリンク。
クレハたちの元凶はあくまで子供。
子供を救ったがために、イリヤ皇女はなくなった。

その部分への理解が未だに出来ていないリオに少しだけやきもきした気分に
なりましたけど、今回ので、スッキリ解消ですね。

Little Colorsさん

人生は失うことの連続。でもその前に得なきゃならない。

失って、そして、また、何かを得ていく。
後退しても、また進めばいい。たった、それだけのために、人は悩んで、
悲しんで、八つ当たりして、と色々な側面が見れました。

リオはそうした過程で、色々なものをクレハ・カナタ・ノエル・フィリシアから得てきた。
その想い出はは失うわけではないので、また、次の気力の糧にして欲しいです。

メルクマールさん

そこが”行き止まり”なのか、”ゴール”なのかは、気持ちの持ち方一つだというのが、今回のメッセージでしょう。そこに希望がなければ”行き止まり”だし、希望や幸せがあるならば”ゴール”なのです。

あぁ、この点には全く気づきませんでした。
リオの言葉をそのまま受け取ってしまいました。
確かに、人の心の持ちようですね。

"ゴール"だと思って、これで楽になれると思っても、そこが幸せに感じなければ、
そこから、どこに向かうのか検討もつかない"行き止まり"。
そういう意味では、リオが本当の"ゴール"に辿り着くには長い道のりになりそうです。