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先輩から残された伝えるべきメッセージと伝えないメッセージ。


先祖を祭る精霊流しということで、フィリシアの先輩たちにスポットが当たりました。
先輩たちは戦死したんですね。そのときにタケミカヅチに乗っていたのは、
先輩たちと、フィリシアだけ。リオのその頃は語られてない。

そのフィリシアに対してのリオの態度がまた悲しみを誘う。
悲しみという現実は表面化され、自分の心に刻みつけられたまま。
それは消えることない傷となり、古傷が何度も疼いてしまう。

その古傷に塩を塗るようなことはするな、とカナタをたしなめるリオが
フィリシアの気持ちを十分に理解しているのだろう。
カナタはただ悲しみを皆で背負って、フィリシアを楽にさせたいだけなのに…。

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先輩からの言葉
「世界が終わりに近づいていって、私たち人間はいずれ完全に滅びるだろう」
あぁ、これが公式サイトの「世界の終わり」なのかもしれません。

その誰かは戦死した先輩からの言葉だった。
だけど、カナタたちは楽しく暮らしているのは現時点だったか。
個人的には、最終回に使われる言葉だと思っただけに、また、的が外れました。

で、その終わりが訪れるのは、未知なる生物が現れるのか、
それとも、人間同士で戦い合い、同士討ちで滅びてしまうのか、
後者だとしたら、戦争の無意味さを実感する言葉だと思う。

ただ、人より上に立ちたい。有利になりたい。自分の利権に関わることだけを
優先させての戦争もあれば、それを迎え撃つ自己防衛という名の「正義」のような
意味での争いもある。だけど、それはあまりに非道で、あまりにも、虚しい。

そんな人生の虚しさを戦死する前から、憂いていた先輩の出来事を
思い出すならば、いや、思い出すことが、先輩たちへのハナムケとなる。
だから、こういう行事をやっているのだろうね。

普通に寿命を迎えるのではなく、無意味で無価値で、同士討ちのような戦争の
犠牲者としての不幸な結末を迎えたことに対して、残された者からの、
ちょっとした侘しさや悔しさの解消を兼ねた感謝や寂しさといった気持ち。

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フィリシア「あなたはいつでも伝えようとする。思いを言葉にすることを恐れない」


このフィリシアさんの言葉で号泣。
なんて慈悲深いんだ。そして、このフィリシアさんの包みこむような包容力。

フィリシアさんになくて、カナタが持っているもの。
それは別に誰かが劣っていて、誰かが優れているとか、そんなことではない。
ただ、カナタの良い点だけ見つめ、いつも優しく見守っているフィリシア。

ある意味、心の中ではカナタのような気持ちになれたらいい、と思っているのかも
知れない。でも、自分に残された先輩たちの思いを少しでも、後輩に伝えられたら。

それは重荷を一緒に背負ってもらうのではなく、辛い話は聞かせるのではなく、
断片的に要点だけを伝える。そんなカナタたちが悲しみを背負うのではなく、
徐々に先輩たちの気持ちを汲みとっていけたらいい。それくらい。

自分はカナタと違って、先輩たちに話すことが出来なかった。
だから、フィリシアとして、思いを言葉にすることを恐れているのでしょう。
一度、放ってしまった言葉は二度と戻ってくるのではないのだから。

取り消しの聞かない言葉に対する自分の恐れ。それは戦争を経験した者の気持ち。
だけど、そういった長所を消すようなことはさせない。自分で止める。
それくらいに、フィリシアは自己犠牲的で、カナタへの愛情は最大限なんだろう。