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涼宮ハルヒの憂鬱17-1涼宮ハルヒの憂鬱17-2

やっぱり長門の気持ちを察してあげる視聴者の努力。


京アニ、なんで、エンドレスエイトなんて、つまらない企画やってるんだよ、
ループするだけだったら、他のストーリーに手をかけて、新作をやってくれよ。

と、お思いの方が増えてくるでしょう。
それはごもっとも。

私も最新刊(もはや最新刊と呼べないw)の分裂まで、一杯あるんだから、
その中でも厳選してやった一期の補完分で、原作から引き抜いて、
アニメ化して欲しいと思います。いや、全てをアニメ化してほしいくらい。

だけど、1期のときのOPで打ち出しているハルヒイズムというのかな。
そのハルヒらしさ。と、ハルヒという作品らしさの対照を上手く描いているなぁ、と。

ハルヒは日常と変わったことがしてみたい、経験してみたい、
いつもと同じだとイヤ、人とは違った人生を歩んでみたいというのが
ハルヒイズムだと勝手に思っています。

つまりは、今の人生につまらなさを感じているんでしょうね。
高校生なのに、早い絶望感だとは思う。
だけど、キョンと同じように、誰もがが一度は考えたことがあるでしょう、
このままの人生でいいんだろうか?、と。

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何か変えてみたい、変わりたい、
人生には、人と違ったもっと楽しいことがあるはず…。

夏休みでさえも、ハルヒは「こんなもんで良かったのかしら?」と思う始末。
だから、夏休みや人生の何もかも新しいことがまだあるんじゃないのだろうか。
自分はそれを経験する一番になってみたい、と。

だから、ハルヒは運動も勉強も何もかもトップを極めようと思えば、
極められるのに、そのトップになろうとは思わないんですよね。
何かのトップになるとすれば、そのトップを超えられるか、超えられないか。

これって、前のトップの人が歩んだ道と同じ歩みなんですよね。
その先にあるものも結局は同じことなんですよ。

だから、そんなことはせずに奇抜で何の活動もしていないような
SOS団を立ち上げ日常や人とは変わったことを探し出すという目的が生まれた。

この作品は、それを大きな趣旨として成り立っています。

ハルヒが神説とか超能力とか未来人、宇宙人など、色々、変わったことが
起きているけど、それはただのテーマに対する付加価値でしかない。

だから、作品の作り手、この場合は、脚本や企画にとって、
視聴者が日常に満足せずに、このままでいいのか、と疑問を抱かせるテーマに
気づかせることが第一と考えていると思います。

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まあ、その前提に面白さが加わっていれば最高ですが…。
結構、難しい。

なので、1期では最終話となる「サムデイ イン ザ レイン」という、
何事もない、ただ、部室で長門が本をめくる所を何分か流しただけ
という試みに出ました。

それはかなり批判を受けたけど、制作側は気にしていない様子。
逆に、「らき☆すた」で2chで叩かれているのを「案の定」といった感じで、
喜んでいるんですよね。

だから、今回の「エンドレスエイト」で本気を出して、テーマについて、
視聴者に考えさせる場を提供したんだと思いますよ。


もし、それがストーリーも変わって、面白いものになるならば、
視聴者は、ただの娯楽アニメといった感じで、受け流してしまうでしょう。
逆につまらなくしても、「ダメだ、このアニメ」といった感じで、
それだけで切ってしまうこともある。

だからこそ、ストーリーは変えずに切り口や作画を変えて、
「制作側は何を考えているんだろう?」
と不快であれ、視聴者に思わせることに成功していると思います。

問題はそこから先。
視聴者がこのテーマに気づくことが出来るのか?

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繰り返される日常のつまらなさ。
何度も同じことを繰り返すだけの毎日。
ただ、過ぎていくだけの時間。
自分は本当に幸せだと思えることをやっているのだろうか?


と言ったハルヒ作品のテーマが「エンドレスエイト」を見ていて、気づいたこと。

まだ他にハルヒのやりたいこと、原作者の言いたいことはまだあると思う。
こんな私でも、サッと思いついただけでしたから。

それについて、議論して欲しいというのが制作側の意見。

そこから導き出されるものとして、長門視点です。

キョンは日常がつまらないと、ハルヒほどではないけど最初は思っていた。
だけど、SOS団の団員たちと接していくうちに、非現実よりも日常を選んだ。
それはそのときの気持ちだっただけで、保留に近い。

長門や古泉たちと過ごす時間の楽しさから、日常の面白さが垣間見えただけで、
完全に日常を楽しんでいるとは言いがたい状況。
キョンがハルヒとの楽しいのか、はた迷惑なのか、奇抜な日々を送っているうちに、
心が揺れ動いている様子がわかるので、ラストでどういう結論を出すのか楽しみ。

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だけど、エンドレスエイトの主役は、長門。

長門の日常と呼ばれるループに苦しんでいる状況を
視聴者が感じ取ってあげることが大事。

長門もループに疲れてはいるものの、楽しんでいるのか、楽しんでいないのか、
わかりにくい状況。使命感からイヤイヤやっているのかもしれない。

こんな長く書いてしまったけど、私の言いたいことは一つ。

長門という機械である宇宙人でさえ、
この日常のループにつらいと思い始めていることを視聴者も少しは察して、
自分たちの生きている状況と比べて、
ただのループするだけの日常のつまらない日々になっていないか
考えて欲しい、というもの。


まあ、これがわかれば、自然とハルヒの取ってきた奇抜な行動にも理解が
いくと思うけどね。要は、ハルヒ視点、キョン視点、長門視点、と切り口は、
色々あるので、考察する要素は一杯ありますよ。

と、まあ、思ったことを一部だけ書いてみました。
また、本編とはずれるけど、エンドレスエイトが続くなら、また書いてみよう。