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CLANNAD〜AFTER STORY〜22-1CLANNAD〜AFTER STORY〜22-2

バッドエンドからハッピーエンドへ。


悲しい終わり方はイヤだ。こんなに前回までの不幸が押し寄せて、そのまま引きずったまま、悲しい思いをしたままで終わるのは、個人的にイヤです。ただそれだけ。そんな感情で見ていただけに、ファンタジー要素の強い最終回でも、この終わり方はかなり満足。

いい最終回だったといえるほどに。終わり方の説明がなく、曖昧なだけに、とても考えさせる内容です。原作プレイ者も、未プレイの人も全て思い出して語り合えるような展開でした。これは、いろんな人の解釈を聞いてみたい。

とりあえず、朋也と渚と汐が3人並んでいる構図は、見ているこちら側が恥ずかしくなってくるくらいに、なんか幸せそうで、なんかそれだけで、もう十分で…。

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幻想世界の少女は、幻想世界そのもの。光は「向こうの世界の住人たちの思い」。

幻想世界の少女は「さよなら、パパ」と言っていたから、汐のことで、ロボットが朋也なのかな?この部分はキッチリと見ていなかったから、判断つかないなぁ。まさか本編とリンクしているとは…。放送するんだから、意味があるんだって、気づけよ、自分w。もう一回、最初から見直すか。

外の雪が光になって、上っていく。町の人の願いが、小さな光となって集まって、大きな奇跡を呼ぶ。それが渚の死という分岐点の別の形となって表れる。

だから、渚が亡くなったときに、断定的な表現を使わずにあいまいにしていたんだなぁ、と今思ったら、あのときの感じ方に違和感を覚えたのは、この伏線だったのか、と改めて感動。

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渚「もし、町というものに、人と同じような意思や心があるとして、そして、そこに住む人たちを幸せにしようって、そんな思いでいるとしたら、こんな奇跡も町の仕業かも知れないです。でも、それは奇跡じゃないですよね。町を大好きな人が町に住み、人を好きな町が人を愛する。それは、どこにでもある当たり前のことのはずです。私たちは町を愛して、町に育まれているんです」
朋也「町は大きな家族か」

町を愛するって、要するに人を愛するってことですよね。

この渚の言葉がこの作品のテーマだった気がする。全てがこのセリフで納得できる。町の擬人化は思いもよらなかったなぁ。その擬人化された町が幻想世界の少女だと思っていたんだけど違ったかなぁ。

まあ、それは置いておくとして、町を大きな家族として、家族同士がそれぞれ愛して、それを見守っている町が、その家族を幸せにしたいと願う。そんな意味での奇跡の位置づけ。奇跡を、ただ奇跡と片付けてしまうにはもったいない作品。

だから、それを奇跡ではなく、人の愛によって生まれた産物として、それぞれの願いが愛という形でなんらかの現象を引き起こす不思議。なんか幸せでいいですよね。

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そして、まさかのラストに風子。

今までのシリアス展開を、風子と姉のやりとりが和ませる。この展開は予想していなかったわ。ここで風子を使って、ホッと一息を入れさせるなんて。この作品は感動だけでなく、笑いも混ぜてくるから、その反動で感動も大きいんですよね。

風子の子供っぽい言葉遊びは、どうしてもツッコミたくなるなぁ。傷ものとか、あたいとか、普通思いつかないわ。「あたいは、もう大人なんだよ」の仕草にどうしても笑ってしまう。

風子「楽しいことは、これから始まりますよ」

本当、この終わり方は、泣ける。つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚

今までの不幸や悲しみが一掃されて、これからが幸せの始まりなんだって・・・。でも、それを描かないで、視聴者の想像で、これからの楽しい出来事が起こる未来を妄想する。それだけでも、なんか、今までの感動そのままに、なんか笑みが浮かんでくるような、本当のハッピーエンドですよね。

次回の番外編も楽しみになってきました。

最終回ということで考察がすごいことになっている尊敬するブログです。
Old Dancer's BLOG Clannad After Story 最終回「小さな手のひら」
最終回を見ても、「わからない」と思った方は是非、こちらの記事を読んでみることをオススメします。全体的に「わからない」なら過去記事を読めば、深い考察やアニメの補完情報が載っているので、この作品に対するイメージが大きく変わると思います。今回のこの長さが心地いい。てか、そこまで考えられるのってうらやましい。